イリモノづくり

デザインは身近にありました。要るもの作ろう イリモノづくり。

質の良いものとは、思いを馳せることができるものなんじゃないか。

質の良い、うつわを買いました。
こぶりの茶碗、大きな湯のみ、ぐらいの大きさです。


食器は、置く場所を考えると、なかなか増やせないものの一つですね。
もう10年ほども前に、一人暮らしを始めた時に揃えた食器は、まだまだ使えております。
その当時は、もとい、つい最近までは、食器なんて食べれればそれで良い、っていう考えな人間でした。
そんなふうだったので、安くて使い勝手の良い食器を揃えたわけです。
が、これが今になって食器を増やせない原因に。

貧乏性だからか、使えるものを捨てるのに抵抗があります。どんなに安くても。
だもんで、気に入った食器を見つけても、買うのは諦めて、100均のものを使い続けているわけです。

そんなこんなで、いただくことはあっても買い足すことはほぼ無かった食器を、とうとう買った次第でvす。


というのも、買ったキッカケは、今関わっているプロジェクトによるものでございます。
意図せずに、焼き物(タイル)に関われているおかげで、陶芸関係の知り合いの方が増えました。ありがたいことですね。

で、知り合えた陶芸家の人が作った食器を買うことにしました。偶然に見つけたので。そのときに一緒にいたメンバーと一緒に。良いなぁ、って思えたし、一期一会だと思って。そしてなにより、…安かったから。


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早速、家で、お珈琲を入れてみました。
捨てられる予定だった工業タイルに載せて使ってみました。
感覚的なアレですが、このお珈琲タイム、すごく幸せな時間なように感じます。
質の良いものを買えたな、と思えたわけです。



ところで、「質が良いもの」って何なんでしょうね。
質が良いものって、なんとなく世間一般では、丁寧に作られたものっていう認識な気がします。

丁寧でいうと、今は、丁寧な暮らしがブームで、目が向けられてますね。
雑誌の、丁寧な暮らし特集では、手づくりのものが多く見られます。手づくりで丁寧に作られたもの、って。
工学出身な僕には、こういうのについつい反応してしまうわけです。
機械生産品も丁寧に作っとるわい、と。

機械生産は丁寧じゃないってイメージはなんとかならないものでしょうか。
どれだけ設計者が使い手のことを考えてるのか。一つのものを生み出すために、何百時間もかけて、ものに具現化しているのか。製造ではどれだけ詳細に検査項目を設定しているのか。その苦労をわかってもらいたいもんです。ほんとにもー。


そんなことは置いておいて、質が良いものっていうのは、思いを馳せることができるものなんじゃないかな、って考えました。
使い勝手が良かろうが悪かろうが、高級なものであろうが安物であろうが、そんなことではなく、自分にとって思いを馳せることができるもの。

 大事な人にもらったもの。
 知り合いの人から買ったもの。
 自分が作ったもの。

なにかしら、自分に関わりのあるものを使うと、その思い出を振り返ったり、そこから考えが発展していったりします。
そうやって、ゆっくりものごとを考える時間が、質の良い暮らしであり。
そのきっかけとなるものが、質の良いものなんじゃないかなーなんて。


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写真では、うまくボケてくれてますが、お珈琲の背後、相当散らかってますねー。
ここが僕の作業スペースでございます。

まぁ、あれです。
部屋が汚かろうが、捨てられるようなものを使っていようが、幸せな時間は感じられるし、質の良いものを使って質の良い暮らしはできるわけですね、これ。


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